wotahus (ウォーターヒュース)は、暮らしと水、そして資源や文化とのつながりを見つめながら、これからの暮らしのあり方を考えていく試みです。
日本には、土地ごとに異なる気候や自然環境があり、人々はその自然とともに暮らしながら、長い時間をかけて独自の営みを培ってきました。四季の移ろいを感じ、土地に根ざした知恵や食、文化を受け継いできた。その積み重ねが、いまのわたしたちの暮らしにつながっています。普段は当たり前のように触れているもののなかにも、風土に育まれた価値や意味があるのです。
だからこそ、いま日本各地を訪れ、それぞれの自然や風土に寄り添いながら、改めてその土地ならではの関係性を紐解いていきたい。どの場所にも、自然や歴史、文化、人々の営みが長い時間をかけて織りなしてきた固有の関係性があり、そこには、まだ十分に生かされていない価値が眠っています。水の循環を起点に、建築や技術、文化、人々の営みを新たに編み直すことで、その可能性を引き出していきたい。場所が、よりその場所らしくなるために。そんな視点から、wotahus ははじまりました。


感性と技術を手がかりに、土地の自然や文化、水の循環を五感で体験できる場所。それが、わたしたちのつくるwotahus です。「hus (ヒュース)」とは、「家」を意味する言葉。暮らしのいちばん身近な場所であり、「立ち戻る場所」「帰ってくる場所」という意味も持っています。だからこそ、家という小さな単位から、身のまわりにあるものを自分ごととして捉え、本質的に豊かな暮らしとは何かを問い直していきたい。そんな想いを、wotahus に込めています。
さまざまな体験を通じて、少しずつ見えてくるものがあるはずです。その小さな実感を重ねながら、身のまわりにある資源や、自分をとりまく関係にも目を向けていく。そうした気づきから生まれるのが、その場所にしかない「資源が小さく循環する美しい暮らし」であり、wotahus が理想とする「サーキュラーライフ」です。
答えは、ひとつではありません。
wotahus とともに、水が循環する暮らしを体験する。
その土地の風土や文化のなかに息づく、人の営みに気づく。
そこから、自分にとって本当に豊かな暮らしとは何かを考えてみる。
目の前にあるのは、小さく、静かな体験かもしれません。けれど、その一つひとつが、土地への理解を深め、自分の暮らしを見つめ直すきっかけになっていくのだと思うのです。
世界が海でつながっているように、わたしたちの暮らしもまた、水を通してつながっています。




「豊かな暮らし」とは、なんでしょうか。
わたしたちは、水道や電気、ガス、交通など、社会を支えるインフラに囲まれて暮らしています。多くの人が暮らす都市では、それらを大きな規模で整備し、安定して供給することが合理的です。一方で、人口が減少している地域や、中山間地域、島嶼部など、同じ仕組みをそのまま当てはめることが難しい場所もあります。
時代とともに人口や環境が変化するなかで、その土地や地域の状況に合わせて、必要なものを必要な場所に、適切なかたちで整えていく。これからは、そうした考え方も必要なのではないでしょうか。WOTA が取り組む水循環システムも、その可能性のひとつです。
災害の多い日本では、平時には当たり前にあると思いがちな資源が、一度途切れることで、そのありがたみを実感することがあります。なかでも水は、電気やガスと同じように暮らしを支えながら、日常でその存在を意識する機会は多くありません。
「蛇口をひねれば水が出る」。わたしたちは普段、そのことを当たり前に受け入れて暮らしています。生きていくために欠かせないライフラインでありながら、水のことを知っているようで、実は知らないという人も多いのではないでしょうか。水がどこから来て、どこへ行くのか。そこに少し目を向けるだけで、土地の自然や人々の営みとの、思いがけないつながりが見えてきます。
だからこそ、わたしたちは「水」から考えてみたい。
日常のなかでも、水の存在や価値を感じられるきっかけがあってもいい。水を「問題」として捉えるだけでなく、気持ちよく、心に残る体験を入り口に、まずは水のことを知ってみる。
そこから、水を通して生まれるつながりに目を向けながら、豊かな暮らしとは何かを一緒に問い直していけるのではないでしょうか。



一口に「水」といっても、さまざまなあり方があります。たとえば、飲み水には水道水や井戸水を、さらに十分に処理すれば、雨水を利用したりすることもできます。生活用水には、使った水を再生して繰り返し使うことができますし、トイレには再生水を利用することもできます。
つまり、水とひとくくりにしても、その土地や用途、暮らし方によって、さまざまな選択肢があるのです。
電気は、太陽光発電や再生可能エネルギーなど、自分たちの暮らしに合わせて選択することが、少しずつ身近になっています。それなら水もまた、目的や環境に応じて使い分け、循環させていくことができるのではないでしょうか。
それが「在りたき水利用」という考え方であり、wotahus が大切にしたいことです。水からはじめて、暮らしを見つめ直す。WOTA のシステムを通じて、その土地ならではの水との付き合い方を探り、場所の可能性をひらいていく。そんな実際の暮らしを体験できる場所と活動が、「水の島」と言われる屋久島を皮切りにはじまります。


「サーキュラーライフ」、つまりは「循環型の暮らし」。
これからの豊かさを考えるうえで、ものを所有することだけにとらわれない、新たな価値のひとつになるのではないでしょうか。
わたしたちが目指すのは、単に水を循環させるシステムを設置することではありません。水を起点に、さまざまな資源の循環や、自然と人の営みとの関係性を捉え直しながら、これからの暮らしを考え、実践していくことです。その最初の試みとなる場所が、『wotahus yakushima』です。
屋久島からはじめることにも、大きな意味があります。山から海までの距離が近い屋久島では、自然の大きな循環を身体で感じることができます。そして、その流域とともにあるwotahus では、日々の暮らしのなかで生まれる小さな水循環も体験できます。自然の循環と日々の営みを身近に感じられる、wotahus のはじまりにふさわしい場所だと考えています。
日本では、土地ごとに異なる水の流れがあり、その流域に沿って、人々の暮らしや文化が育まれてきました。だからこそ、水の循環だけを見るのではなく、wotahus という場所をきっかけに、風土や自然、文化、そこにある人々の営みに目を向け、関わりながら、これからの暮らしを問い直していきたいのです。



サーキュラーライフというと、一見、昔ながらの暮らしに近づいていくようにも捉えられるかもしれません。しかし、wotahus が目指しているのは、昔の暮らしを再現することでも、不便を我慢することでもありません。これまで培われてきた知恵や営みを、時代や場所に合ったかたちで未来へとつないでいく。そのために、wotahus では、それらを支える技術や新しい発想も積極的に取り入れていきます。古くからある文化や営みは、歴史のなかに残されたものではなく、今もそれぞれの土地で続いているものだから。
自然災害などによって、暮らしの基盤や文化が大きく揺らぐこともあります。けれど今は、技術によって自然の力を活かしながら、暮らしを支えることもできます。自然や土地とのつながりを感じながら、豊かさや快適さもあきらめない。そんな暮らしを、これからの時代だからこそ考えていきたいのです。
そして、wotahus という小さな場所で生まれた実践を、その土地だけのものにするのではなく、それぞれの風土や条件に合わせながら、次の場所へとつないでいく。そこから、より多くの人にとって、豊かな暮らしが少しずつ広がることを願っています。

wotahus とともに探る「資源が小さく循環する美しい暮らし」。その実現に向けて、軸となるのが「風土」「循環」「身体性」という3つの視点です。その土地に積み重なってきた風土を読み解くこと。水や資源の巡りと、それらが互いに結びつく関係を捉え直すこと。そして、その場に身を置き、身体を通して感じ、確かめること。3つの視点が関わり合いながら理解を深め、これまでになかった営みや価値が生まれる。その先に、その場所ならではの美しい暮らしがあると考えています。
すべての土地には、固有の風土があります。気候や地形、水の流れなどの自然環境と、そこで暮らす人々の営みのなかで育まれてきた歴史や文化。その両方が重なり合って、風土を形づくっています。だからこそ、どの土地にも画一的なモデルを当てはめるのではなく、まずは風土に目を向け、その土地固有の関係性を捉えることからはじめたい。そこで何が育まれ、どのような暮らしが営まれてきたのかを知ることが、これからの営みを見出す手がかりになると考えています。
循環とは、水や資源を再生し、繰り返し使うことだけではありません。変化する自然や人の営み、受け継がれてきた技術や知恵を未来へとつなぎながら、これまでになかった関係を編み直し、新たな暮らしを形づくることも、循環のひとつだと考えています。現代の技術も、そうした関係のなかになじみ、暮らしを静かに支えることができるはずです。水や資源、人の営みが互いに結びつきながら巡っていく。その土地に合った循環のあり方を探ることが、これからの暮らしを考えることにつながります。
言葉で理解する前に、身体で感じ取るということを、わたしたちは大切にしています。誰かに説明されなくても、その土地で時を過ごし、日々の暮らしを重ねるうちに、少しずつ身体になじんでいく。自然と、感覚的にわかることがあるはずです。風土に触れ、循環のなかに身を置く体験を重ねることで、頭で理解するだけでは得られない気づきが生まれ、やがて自分の暮らしの一部になっていく。wotahus は、そうしたプロセスも大事な学びのひとつと捉えています。


水を取り巻く状況は、さまざまです。
世界をめぐる知見をもとにした取り組みもあれば、社会を整備するために生まれた仕組みもある。政府をはじめとする公的機関など、多くの人や組織が関わりながら、わたしたちの暮らしを支えています。一方で、wotahus が目を向けるのは、一人ひとりが水と向き合うなかで、自然や人との関係性のなかに何を感じるかということ。
水の循環を考えたとき、技術的な仕組みを成立させるだけでなく、その土地にはどんな水の流れがあり、そこでどんな人たちがどんなふうに生活を営んできたのか。そういった関係性を、頭の中だけでなく、実際のwotahus で過ごし、身体で感じ取る。そこから生まれる気づきや問いを積み重ねていきたいのです。
一つひとつは小さな実践かもしれないけれど、時間をかけて暮らしのなかに根づいていくはずです。先人たちが受け継いできた物語に、この時代ならではの新しい章を加えるように。
